昨晩はまたまた飲み会だったわけですけどもしかもまたまた幹事なんてやってるわけですけどもさらにロクに飲みもせずに最初っから食うことに没入してたわけですけどもなんというかけどもけどもうるさいわけなんですけども幹事の特権ってやつでケーキのうまい会場でしかもビュッフェスタイルにしたもんでそれはつまりデザートはケーキバイキングになるってことでもありましてしかしながらよく考えるまでもなく平均年齢50歳を超えるような脂ぎったおっさんの集まる互礼会的な飲み会とくればデザートにトンポーローでも食いだしかねない勢いなわけでいかなケーキ自慢の店つったってケーキに誰も目がいかないという結構馬鹿っぽい事態を招いてしまったすず黄ですこんばんわ一晩で10年分のケーキを食ったって言ったらあんた信じるかい?的な。ケーキこわい。
ところで
ところ天
誰かを形容することばって難しいですよね。
そこらへんがわりとぱっと出てくる人も中にはいて、そういうのはコミュニケーションにおける得がたい才能のひとつなんだろうなあと思ったりもするわけです。「民さんは野菊のような人だ」なんて言った人もいますよね。まあこれがうまいのかうまくないのかよくわからんのですが。野菊て。
でもこれ、相手が野菊を知ってること前提なわけですよ。目の前に野菊があれば別ですけどね。たとえば「民さんはパフィオペディルム・サンデリアヌムのような人だ」なんて言われたって、紀元前ローマの執政官の名前かよって話ですよ。それはよきローマ人なのか典型的なあっち方面に精力的なローマ人なのかどっちなんすかって話ですよ。パフィオペディルム・サンデリアヌムって花の名前なのに、そこが共有できてないと褒めてんのかどうかわかんない。
だから、ことばを紡ごうというときに、自分の真意にかなった形容になるのかどうか、その形容を相手が受け入れるだけの「常識」の共有ができているかどうか、結構難しい問題をはらんでるよなあと思うわけです。
模型の世界でもこれは同じことで、趣味の世界ゆえにそこでしか通じない閉じた「常識」ってものがあって、それに即して形容することが多くなる分、よりことばの選択の難易度は上がるんだと思います。
最初「運河彫り」ってことばを聞いたとき僕は、ウンガー彫りって技法があって、それはウンガーさんって人が編み出したんだろうとわりと本気で信じてましたもん。
模型誌を読んだあとでこういった模型ブログなんて書いちゃうと、レビューの文体に引っ張られたりすることもあるわけですが、そこで繰り広げられるのも結構独特の言い回しです。
「求道的」なんてよく使いますよね。あと「素性がいい」とか。「素材としては申し分なし」とか。いつも思うんだけど、これ褒めてないよね。あと「(メーカー名)スタンダード」とかもわりと。「バランスがいい」は普通かな。「野心的な」これもけして褒めてないよね。「独特のセンス」とか「独自の世界観」とかと同じだよね。「待ちに待った」とか「誰が?」って聞きたくなっちゃう。しかもこういう製品ほど売れなかったりするもんらしいね。「おもしろいように形になる」も考えてみたらおかしいよね。当たり前じゃん模型って形にしてくのをおもしろがる趣味なんだしみたいな。
なかでも僕がおもしろいなあって感じる模型誌独特の言い回しに「まるで吸い付くような」ってのがありまして。
これは主にタミヤ製品に対して用いられることが多いんですけど、要するに、パーツの合いがいいってことなんですよね。別に吸盤が付いてるわけでも、僕が口で吸ってるわけでもないのはそりゃわかってんだけど、でもなんかおもしろいですよね。昔「うひゃー、このスピットファイヤまるでパーツが吸い付くようだわ」って言ったら、隣で聞いてた妹が「片栗粉手につけるとひっつかんよ」と、まあそりゃそうなんですよね。そういうもんですよ。

というわけで、パーツの仕上げ的にはいろいろ言いたいこともあるモノクローム製陸自パジェロ、少なくともドア周りに関しては吸い付くような出来になってます。ちょっと写真だと歪んでるけど。撮り直すの面倒なので許されて。これ、ドアとボンネットは接着せずに保持できるほどの精度になってます。仮組み段階ではちょっとグリルがあやしいけど。
いやでも、これはいいキットです。